無くなる先人の知恵

2007年11月02日

信楽焼の技術が無くなります。

江戸時代初期においては、将軍家から
茶壺の製作要請があり、一時に三十数個を納める。
その後も、将軍家をはじめ諸藩の大名家に納められていました。



その後 祭器の製作もされており、昭和初期まで
今では考えられないような薄物の生活用品が作られており
現在の信楽焼のイメージとは全く異なったものです。
それは数奇屋文化(代表建築=桂離宮)と共通します。

生活の道具を、機能の面からの完成品を目指していたようです。
そのフォルムは完成度の高い領域にあります。

素材の吟味(土) 技術の向上(轆轤) 釉薬の完成度(仕上げ)
いずれも完成度の高いものです。

今の社会において、
品位のある製品を、日本の工芸作品展でも見かけなくなりました。
現在は機能の追求より、奇を衒った作品ばかりが注目されています。

このままでは、伝統産業として、先人より受け継いできた知恵=経験
産業としての成土、成形技術、仕上げとしての釉薬技術など
陶磁器業界の技術の伝承が途切れそうです。

日本人の本質はどこに・・・・・・・・・・・・・




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この記事へのコメント
つづいておはよう!

先ず「信楽の伝統技術が無くなる」の記事の書き出しに驚かされましたよ(笑)‥そして陶磁器産業のみらいを!
陶磁器(焼きモノ)の出発‥
原始の頃に遡って考えれば「ヒトはなぜ焼きモノを焼いたか?」とか‥「歴史の中の焼きモノ文化とは?」に迄、立ち帰り考えねばならないかも知れませんね! 信楽焼き‥の始まりを考えると宮町の「紫香楽宮跡」の発見から出土されたイワユル「須恵器」にも着目しなければ‥と考えたり「日本人の中の土文化」からもザッパに考えながら「信楽の焼きモノ」の伝統技術を見直すこと!陶磁器産業の未来形を「果たして産業として・工芸として‥?」‥(略)

私ごとながらいまこうした視点から信楽ヒトが、前向きに語り合う場所が無い現実を愁える一人です(笑)ヨクモワルクも信楽焼だけで無く日本の焼きモノ産業の危機かも知れません!それは「故郷」の危機かも‥?またコメントにきます(笑)
Posted by at 2007年11月03日 06:58
風さん 早朝からのご連絡有難う御座います。

大げさでしたか。
土工場 釉薬会社 その他の材料会社
すべてで、安定した原材料が入手できないとの事です。
単純に云えば、製造ロットごとに品質が異なっている。

現在のやきもの作家において、そこまで要求されていないから
問題が表面化していません。

信楽においては、無形文化財に指定されている方々は
一生の使用の土は、蓄えておられます。
(多くは必要ないので・・・・・・
 過去は各窯元も同様の対策をされていました。)

陶器の産業とは。もう一度考える必要があるのでは・・・・・・

 今後とも ご指摘よろしくおねがいします。
Posted by ふじ・愛サン at 2007年11月03日 07:30
おはよう!ふじ・愛さん

先日来気になりながら‥すみません(笑)
ご指摘の「信楽焼の伝統技術」のことですが、「文化産業」が栄える背後には必ずその時代の権力者や経済力を持った人々の援助や経済・文化の必然から発展し‥
ソコニ変化が生まれた時には舞台から消えるて行く事は歴史の教えるところです、消える事は寂しいことですが‥地球上の「生存競争」として見るなら認めざるを得ない事かもしれませんね!問題は、そうした先人が伝え残した智恵や技術の本質を記録し、現在に継承されるべきモノ!と継承されているモノをよく観察し‥焼きモノにトドまらない「文化」=素敵な暮らし方に‥「産業」としてか「工芸」としてか、「生活文化」てしてか‥様々な在り方を問うことが必要かもしれません!
大切で重要な問題として考えさせられました‥百も承知と考えず一から落ち着いた語り合いが‥必要ですよね‥ありがとう!
Posted by at 2007年11月06日 07:42
風さん
ご連絡有難う御座います。
少し時間をかけて理解します。
ご指摘の言葉を、まずは一言一言を冷静に理解することからはじめます。
文化と産業、産業と技術、技術と文化
生活文化の遍歴と今後の方向性

何かが見つかりそうです。
信楽の新しい世界が

今後ともご指導よろしくお願い致します。
Posted by ふじ・愛サン at 2007年11月06日 11:51