日本茶って何でしょう

2007年11月01日

日本茶っておいしく戴くには。

抹茶は茶道において、表千家、裏千家、武者小路千家に受け継がれています。
急須を用いる煎茶などは、各地域によりお茶の内容が異なりますので、地域性が強いものです。

日本茶を考えるとき、「おもてなし」から 日常の飲用までを考慮します。
抹茶は おもてなし  (最近は作法に拘らずにおもてなしや、家庭内で楽しんでおられます)
煎茶は おもてなし から  日常飲用 まで
    特に「おもてなし」のこころを大切にしましょう。

    急須を用いる煎茶などは、お茶の種類によっておいしい入れ方が異なります。
                      =玉露・煎茶・番茶など
    と同時に、茶器も異なります。=宝瓶・横手・後手・上手など 湯飲みはそれらに合ったものを
    過去の信楽焼にはこれらの茶器があったのですが、残念ながら今は受け継がれていません
   


    食爺さんが立ち寄っている「茶のみやぐら」さんと、茶器の再現を進めています。=製作中
    お店のオリジナル お茶入りソフトクリーム 甘みが抑えてあり 爽やかなものです。

 
    日本茶の歴史
      日本茶の歴史が滋賀県で始まって受け継がれてきました。
      805年大津市の比叡山麓日吉に最澄が、
      中国から持ち帰った茶の実を植えたのが最初
      その後815年嵯峨天皇の命で、
      近江=信楽・朝宮をはじめ、丹波、播磨に産茶として植えられました。

      鎌倉時代に二回目のお茶の歴史が始まる。
      京都・宇治 福岡・八女 静岡・川根 埼玉・狭山

      お茶は、信楽焼の壺に入れることで保存が出来たため、
      その後、地域で受け継がれてきました。

      当初は薬用としての飲料、
      その後茶道の考案と確立で政治の世界に介入
      侘び/寂びの世界として、
      信楽焼の茶碗、水差し、その他の道具が注目されました。
      今も茶道の道具として慎重され創作されています。

      江戸時代においては京都宇治から江戸までの茶壺道中が設定され
      幕府の命で、信楽焼の御用茶壺が製作されました。
      「ズイズイズッコロバシ、胡麻味噌ズイ。茶壺に追われて、戸ピッシャン・・・・・・」
      当時茶壺道中の沿道では、このわらべうたが唄われました。

      煎茶は江戸時代中期以降に庶民の楽しみとして、
      庄屋の世界から始まりました。
      今の時代と同じく、お茶を楽しみながら語り合い
      喫茶の言葉は、この時代から始まったそうです。

      朝宮茶は「近江の信楽の蒸し製煎茶は絶品とされている、と
      1700年ごろの書物にも記録されています。
      
      滋賀の気候風土に合った、地域の優れたお茶を楽しみましょう。


  次回はお茶の種類と、おいしい入れ方を記載します。
  
  今後において
  急須の種類や湯冷まし、湯飲みの種類も準備します。 「おもてなし」から日用まで





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この記事へのコメント
ふじ・愛さん‥おはよう〜

素晴らしい記事ですね。
うーん!よく蓄えられた知識と現在の問題まで‥そしてヒトの文化〜♪

楽しみに読ませていただきますよ
Posted by at 2007年11月03日 05:55
風さん おはようございます。
早朝より ご返事有難う御座いました。

今後ともご見分、ご指摘ご指導のほど
よろしくお願い致します。
Posted by ふじ・愛サン at 2007年11月03日 07:48