信楽焼・使う陶器と飾る陶器
2008年03月31日
信楽の陶器の再認識
本来の信楽焼は技術の粋の上に成り立つもの。


信楽焼の陶器において、その目的が市場で認められていません。
東京の都心において、信楽焼の製品の評価は極端に低いものであります。
その原因は、以前に信楽焼を購入したが使用状態において問題が多い。との苦情であります。
・テーブルに傷が付く
・食器などでは、カビが生えて不衛生となる。
・花瓶においては、長期に使用していると水が染み出す。
・少しの衝撃で欠ける。
・その他様々・・・。
信楽焼の生産技術の主体は、土間用製品の技術なのです。いまの各窯元はこれが基本であることは、その窯元の作業場・焼成窯付近をみれば、一目瞭然であります。
この内容が信楽焼のイメージであります。
その結果、信楽焼の名前は、今の都会の消費者には避けられているのです。これが現状です。
昨今、都会から信楽に編入して作陶をされている方が多く、当初は使用目的を明確に、上記の問題点の解決すべき作品もありましたが、残念ながらいつも間にか大勢に同調されているようです。
バブルの終末時代に民芸ブームがありました。結果陶芸においても、飾る陶器作品が持てはやされました。投資目的で価値を生み出す製品としての木箱入り製品がそれです。
(当時は町中に、髪の毛を伸ばし後ろで束ね作務衣を羽織り基本を蔑ろにした、俄作家が溢れていました。)
今もその要望はありますが、残念なことに骨董品の世界に当時の製品が多く出回って、市場においてだぶついているのもいるのが現状です。完成度が低く無名作家として文化価値が認められていない製品が、当然今の製品価格より安価で出ています。
ものづくりにおいて文化が解らない作家では無理です。他の産地と違うのは信楽焼には文化が無かったことです。御用窯でなく、雑器・生活道具を作っていたのです。
その生活道具が偶然に当時の茶道の文化人に認められただけで、それも種壺や何の変哲も無い生活陶器であります。その後において文化人が道具としてとして認められたのはあるでしょうか。又今は誰が文化として認めてくれるのでしょう。
文化としての信楽焼
薪での焼成、灰被りや緋(炎)色の作品は、今後の方向として、何かが欠けていることを作家自身が気が付かなければ、文化としての未来が視えないでしょう。
本来は、信楽焼は日本文化として開花されるべきですが・・・・・・・・・。
そうでなければ、単に個展の繰り返しと、観光客相手の民芸陶器としての世界へとなるでしょう。
産業としての信楽焼
現代生活においてのライフスタイルに提案できるものづくり。
業界においては安価な製品が後進国から、産地においての不利の見極めでの有利性の追求。その結果での目的を見つけ出す必要があります。産業として・消費地での展開と販売が必要でありましょう。、地元でのお土産陶器・民芸陶器(陶芸)では続くのでしょうが・・・。
新名神の開通と信楽インターの開設で、来町者大きく増えていますが、その内容は従来と全く違っています。
信楽の先人が残してくれた文化、精神、技術などを大切にして、それの発展を考えることが必要です。都会から近くなりました。それは人が訪れて頂くのが便利になったことより、その情報が掴みやしくなったことです。
今は、いまあるものを売ること、今あるものを作ることより、
今後 何を提案すべく、どのように展開するのかを考えることの転機なのですが・・・。
その結果でのものづくりが必要ではないでしょうか・・・・・。
品位・品格がある製品を目指しましょう。
一般の方々のほうが見る目がありますよ・・・・・・・。
本来の信楽焼は技術の粋の上に成り立つもの。
信楽焼の陶器において、その目的が市場で認められていません。
東京の都心において、信楽焼の製品の評価は極端に低いものであります。
その原因は、以前に信楽焼を購入したが使用状態において問題が多い。との苦情であります。
・テーブルに傷が付く
・食器などでは、カビが生えて不衛生となる。
・花瓶においては、長期に使用していると水が染み出す。
・少しの衝撃で欠ける。
・その他様々・・・。
信楽焼の生産技術の主体は、土間用製品の技術なのです。いまの各窯元はこれが基本であることは、その窯元の作業場・焼成窯付近をみれば、一目瞭然であります。
この内容が信楽焼のイメージであります。
その結果、信楽焼の名前は、今の都会の消費者には避けられているのです。これが現状です。
昨今、都会から信楽に編入して作陶をされている方が多く、当初は使用目的を明確に、上記の問題点の解決すべき作品もありましたが、残念ながらいつも間にか大勢に同調されているようです。
バブルの終末時代に民芸ブームがありました。結果陶芸においても、飾る陶器作品が持てはやされました。投資目的で価値を生み出す製品としての木箱入り製品がそれです。
(当時は町中に、髪の毛を伸ばし後ろで束ね作務衣を羽織り基本を蔑ろにした、俄作家が溢れていました。)
今もその要望はありますが、残念なことに骨董品の世界に当時の製品が多く出回って、市場においてだぶついているのもいるのが現状です。完成度が低く無名作家として文化価値が認められていない製品が、当然今の製品価格より安価で出ています。
ものづくりにおいて文化が解らない作家では無理です。他の産地と違うのは信楽焼には文化が無かったことです。御用窯でなく、雑器・生活道具を作っていたのです。
その生活道具が偶然に当時の茶道の文化人に認められただけで、それも種壺や何の変哲も無い生活陶器であります。その後において文化人が道具としてとして認められたのはあるでしょうか。又今は誰が文化として認めてくれるのでしょう。
文化としての信楽焼
薪での焼成、灰被りや緋(炎)色の作品は、今後の方向として、何かが欠けていることを作家自身が気が付かなければ、文化としての未来が視えないでしょう。
本来は、信楽焼は日本文化として開花されるべきですが・・・・・・・・・。
そうでなければ、単に個展の繰り返しと、観光客相手の民芸陶器としての世界へとなるでしょう。
産業としての信楽焼
現代生活においてのライフスタイルに提案できるものづくり。
業界においては安価な製品が後進国から、産地においての不利の見極めでの有利性の追求。その結果での目的を見つけ出す必要があります。産業として・消費地での展開と販売が必要でありましょう。、地元でのお土産陶器・民芸陶器(陶芸)では続くのでしょうが・・・。
新名神の開通と信楽インターの開設で、来町者大きく増えていますが、その内容は従来と全く違っています。
信楽の先人が残してくれた文化、精神、技術などを大切にして、それの発展を考えることが必要です。都会から近くなりました。それは人が訪れて頂くのが便利になったことより、その情報が掴みやしくなったことです。
今は、いまあるものを売ること、今あるものを作ることより、
今後 何を提案すべく、どのように展開するのかを考えることの転機なのですが・・・。
その結果でのものづくりが必要ではないでしょうか・・・・・。
品位・品格がある製品を目指しましょう。
一般の方々のほうが見る目がありますよ・・・・・・・。

