この道具は何でしょう。

2008年01月31日



この道具は何でしょう。何に使うものでしょうか。・・・・・・・・・・・・・水滴

実は、最近 信楽の陶芸の森 産業展示館 陶器製品ショップでみかけました。

最近は文章を書くこともデジタルの利用で、手紙やはがきでの直筆を少なくなりました。
書道に関しては、いうまでもありません。

私たちの時代の義務教育では、書道の授業がありました。
硯、筆、墨を持参しての授業も、その殆どが硯で墨を磨ることでした。
習字は最後のほうの時間のみ。

その後 墨汁が出回り、ずるをしたものです。

ただ 墨汁と墨を磨ったのでは、全く伸びが異なりました。
やはり粒子の大きさで、墨を磨ったものは素晴しい状態でした。

その際に、父親の硯箱から、この道具を勝手に持ち出して、酷く叱られたものです。
今は亡き、父親との懐かしき思い出です。

最近は、生活のおいてすべてが便利になってきています。
それゆえ、本来の目的も見えない状態が多くみかけます。
便利とは、時には目的すらも隠してしまいます。
道具とは、その本来の目的を考えさせ、思い出させてくれるものなのでしょうか。

道具は楽しいものです。


「水滴」 === 硯に適量の水を入れるためのもの。一滴一滴の調節が可能な道具です。





  

Posted by ふじ・愛サン at 10:50Comments(9)TrackBack(0)yやきものの道具

煮・焚き物の見直し。

2008年01月10日

煮物、炊きものに適した水とは。



ご飯を炊く際にお米を磨いで水にしばらく浸しますが、粒子(クラスター)の小さな水ではすぐにお米は白くなります。
しかし最近の水道水ではなかなか白くなりません、水の粒子が粗くお米に水が浸透しに時間を要する事となります。もちろん、新米・古米などの状態、お米の保存状態で乾燥の有無においても異なりますが・・・。
煮炊きものにおいて、その素材に充分な水を含ませる下準備が必要ですが、その判断が難しくなっています。お米のようにはっきりと色での状態が解ればいいのですが、多くの素材は解りにくいものであります。
乾燥した素材において充分に水が含んでいなければ、素材の表面と内側に差が出来て芯が残ってむらが出来るか、もしくは煮崩れが起こりやすくなるのです。
それゆえ料理においては充分な下準備が必要なのです。

最近の都会の水道水においては、時間を要しても素材に充分な水分を含ますことが出来ないことがあります。その結果、料理の専門家におかれて、山間部の水は美味しい料理が出来る、との表現となっているのです。



もう一度、地域の水を料理に適した水に戻すことを考える時となっています。
料理において、日本の文化である「蒸す、煮炊きもの」をもう一度見直しましょう。


                                     参考  http://www.three-n.com/





  

Posted by ふじ・愛サン at 10:18Comments(2)TrackBack(0)健康の基準値の水

料理に適した水とは・・・。

2008年01月09日

料理の水で、「どこどこの水は良かった。」 これでは、プロの発言ではありません。



プロとは、「その地域の水を利用して、素材を最大限に生かした料理をすることであります。」と服部先生がおっしゃっていました。



そうでないといつも水を準備しなければならない。素材を準備することは容易いだが水を準備することは大袈裟となる。それではその料理は広まらない。(単なる別世界の料理)

しかし、その地域の水道水をそのまま料理に利用するには問題もある。その際は最低限の準備が必要である。
その準備とは
 ・水の不純物を取り除くことである。といってもミネラル分は残す。(浄水は行なわない)
 ・水に含まれるカルキ臭の原因であるカルキの除去を行う。
 ・水の粒子(クラスター)を最小限にする。
この三要素が料理にあたっての準で、必要とするものであります。
  
  素材をそのままでいただく際は、水に含まれるにおいが邪魔となる。
  煮、焚きものにおいては、水の粒子が大きく作用するのは当然のことであり、ミネラル分が適度に
  含んだ水は、食材を生かすこととなる。(純水は料理には適さない)

その地域の水、水道水を最良の状態にしてから料理の水とするのが、「プロの水の下ごしらえ」とのことです。



ご家庭でも、充分においしい料理は可能です。ご家庭の水道水で充分です。それには・・・。
ご自宅の生活水、水道水を最良の状態にしてご利用ください。
むずかしいことではありません。料理の前にご自宅の水の下ごしらえから・・・・・・・。

                                  参考    http://www.three-n.com/












  

Posted by ふじ・愛サン at 12:19Comments(6)TrackBack(0)健康の基準値の水

生まれ育った処の水

2008年01月08日

人類は生まれ育った処の水は大切にしなければなりません。
昔から旅行に行くと「水が変わる」といいます。それほど、普段の水が大切なのです。
水には、多くのミネラルが含まれていますが、地域により大きく異なります。
人々は、その地域の水に身体の形成が大きく影響をして現在に至っています。
それゆえ、身体のDNAも地域の環境(特に水)になれ親しんでいます。



最近の水道水は、塩素などの混入により有機物が化合物となり人体に有害な影響を与える「消毒副生成物」となり含まれています。
それに対応しての除去のために浄水器の設置では、このミネラル分も化合物としてすべて除去してしまいます。
また、異臭を放つカルキ臭も同様で、料理等の味に影響を与えています。

地域の水道水は、人体に必要なものでであるミネラルも充分に多種含んでいます。
その必要なもの=ミネラル分を人体に安全な状態で吸収することが本来は必要なことなのです。

・地域の水道水のミネラルを安全に吸収しやすい状態に戻す。
・身体に有害な消毒副生成物もなくする。
・地域の水道水を各家庭で、水が生まれた状態に戻す。
以上のことで、人々は地域の環境(水の分野)と共存することは必要であります。


地域の水道水を、水に含めまれるミネラル分を安全に身体に吸収できる方法とは・・・。
水を活性化させて、生まれた状態に戻すことです。
一度ご体験を・・・・・。すぐに実感できます・・・・・・・。


                                      参考 http://www.three-n.com/












  

Posted by ふじ・愛サン at 11:09Comments(0)TrackBack(0)健康の基準値の水

信楽の氏神様と陶器神社

2008年01月03日

新宮神社  信楽焼窯元散策路スタート場所



除夜の鐘の音を聞きながら地元の氏神様・新宮神社への参拝に出かける。お参り後に昨年からうわさになっている「たぬき神社」のことを思い出して、この新宮神社の由来を再確認をする事となる。
新宮神社は、スサノオノミコト、イナダヒメノミコト、オオヤマツミノミコトが祀られており、奈良時代の霊亀元年(715年)9月に建立の由緒ある神社であることを再認識をする。
                

信楽の町を一望できるのが、愛宕山である。北は飯道山、南東には笹ヶ岳、南には高畑山、西には遠く和束の山々、西から北西、北には信楽の背骨である朝宮からほそ原、長野、勅旨、黄瀬、その反対側は畑・田代地区である山並みが望めます。それらの山並みがすべて境界線、しがらきが盆地であることを証明と展望できます。


この愛宕山の山頂に陶器神社が祀られているのです。本来は愛宕神社であったのですが、大正年間に合祀され現在の陶器神社となって奉られているのであるが、驚くことに陶器業界関係者の参拝がなされていないことであります。今日3日の夕刻にお参りをさせて頂きましたが、参拝者の形跡は僅かでありました。
  現在の陶器神社   

これでは陶器神社の存在の意味が不明で、本来の由緒ある愛宕神社に戻すべき状態です。東京の芝の愛宕山・愛宕神社は信楽の愛宕神社の分霊を、徳川家康が慶長八年に幕府によって移し参らせたものであることは多くの歴史学者の肯定しているところであります。
                

信楽で陶器に携わっていて陶器神社への参拝がなされていないのは残念でなりません。形にのみとらわれるのではなく精神を見直すときでしょう。その一方、新宮神社の境内に「たぬき神社」とは言語道断の極みであります。
また陶器神社が誰のためにあるのか。イベントも必要ですがその前に行わなければならないことがあるのではないでしょうか。

信楽には負の遺産が一つ、二つ、三つはあります。


しがらきは大切でありますが、信楽は精神面からの再構築が必要です。
精神はそこに住む人から生まれるものです。






  

Posted by ふじ・愛サン at 21:40Comments(6)TrackBack(0)先人の知恵